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言葉を飾らない 〜中川佐和子『尾崎左永子論』

2025.1.16の「神奈川新聞」の「かながわの歌壇時評」に寄稿した文章です。


中川佐和子『尾崎左永子論』(角川書店)は、評論とインタビューを通して、歌人・尾崎左永子の全体像に迫った一冊だ。

尾崎は昭和二年、東京生まれ。佐藤佐太郎に師事し、第一歌集『さるびあ街』などで歌人として注目された。NHKの放送作家として活動していた時期もある。昭和五十二年に鎌倉に転居。短歌以外にも、源氏物語や古典和歌などについての著書も数多く刊行している。

本書では、尾崎が師の佐藤佐太郎から何を受け継いだのかが丁寧に掘り下げられている。それは「言葉を飾らない」「深遠ぶった理論をつけない」といった作歌手法である。尾崎の作品の特徴の一つに都市の風物をテーマとした「都市詠」があるが、これにも佐太郎の影響があったという。例えば次のような歌だ。

地下に入る電車あらかじめ灯をけて雨ふる昼の駅発ちゆけり

この歌を例に、本書で論じられている内容を私なりに咀嚼してみたい。電車が地下に入っていく様子が「言葉を飾らない」表現で淡々と描かれており「深遠ぶった理論」はどこにも語られていない。にもかかわらず、一首からは都市生活が秘める寂しさのようなものがじわりと滲み出してくる。それはなぜだろうか。

著者は、尾崎にはもともと「抒情的な持ち味」があると指摘している。この点を踏まえて例歌を読むと、雨が降る昼の駅の風景や、電車が灯をけて地下へと入っていく様子を描写したところに、尾崎の抒情性が垣間見えてくる。風景描写に徹した一首から、都市生活の寂しさが顕ち表れてくるのは、そうした理由によるものだろう。

師から学んだ抑制的な表現に、持ち前の抒情性が加わったことで、歌人・尾崎左永子の作風が出来上がっていったことが、本書を読み進めるとよく分かる。

尾崎が短歌の「音楽性」を重視していることも興味深い。佐太郎は自分の歌を口で読み上げていたといい、尾崎も自分の歌を鏡の前で声に出して読み、言いにくくないかを確認しているという。ともすれば言葉の「意味」に傾きがちな現代短歌に、一石を投じる視点である。

(初出:2025.1.16「神奈川新聞」「かながわの歌壇時評」)

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