北大時代のことを、2008年の「アークレポート」に書いたエッセイです。当時(1996年〜2000年)の北大にはまだ北海道大学短歌会はなかったので、ひとりで北大歌人会という団体を作ってひそかに活動していました。文中に出てくるPHSは、最近の方はご存知ないかもしれませんが、通話とメールが送れる携帯電話のようなものです。
北大の法学部に通っていたときに短歌を始めたのですが、北大には短歌会がなかったんです。北海道新聞の読者歌壇の選者をされている松川洋子先生の紹介で、同世代の樋口智子さんや、雪舟えまさん(当時は本名で歌を発表されていました)との交流はあったのですが、大学でも一緒に短歌をやる仲間がいたらなあという気持ちはありました。
早稲田短歌会とか、京大短歌とかに憧れる気持ちもあって、北大にも短歌会を作りたいと思っていたのですが、仲間もいないので、とりあえず一人で活動を始めたのです。
勝手に「北大歌人会」を立ち上げて、「呼子鳥(よぶこどり)」という機関紙を壁新聞方式で発行することにしました。タイトルは確か万葉集の歌から取ったんだったと思います。大学内のロビーにある掲示板に、A4サイズの新聞を掲示。隣りには封筒をぶら下げて、折りたたんだ新聞を十枚ずつくらい、自由に持ち帰れるように入れておきました。第一号の発行が一九九八年の九月だったので、大学の三年生のときのこと。もう十年も前のことになりますねぇ…。
この壁新聞「呼子鳥」、今見ると若書きでとっても恥ずかしい…。横書きA4一ページ、最初に短歌を一首載せて、あとはエッセイ風の文章を掲載していました。初めのうちは自分の歌を載せていましたが、紙上で投稿も募集してみました。当時の札幌では学生の間で、PHSがかなり普及していたので、PHSのPメールというメールで投稿を受け付けることにしたのです。ちなみに、Pメールはカタカナ二十文字まで。なんとも時代を感じさせます。
正直なところ、まさか投稿なんか来るまいと思っていたので、最初の投稿があったときには、心底びっくりしました。
最初の投稿は、仙台に住む予備校生のSさん(女性)。北大合格を目指して浪人中だとか。自分が書いた壁新聞が、なんで仙台まで届いているのかと、そら恐ろしい思いがしましたが、北大に在学中の高校時代の同級生が送ってくれたのだとか。
紙ヒコウキ青い風生み走り出す反実仮想の今日を残して
「反実仮想」というのは、大学入試の古典文法に出てくるもので「もし~だったら、~だろうなあ」という気持ちを表わします。もし大学に受かっていたらなあ…という気持ちが伝わってくる、予備校生らしい一首です。
もう一人は北大農学部のAさん(女性)の作品です。
自転車をこぐ君の背に手を乗せてポプラ並木の風になってる
いいですねぇ。屈託のない青春と言うんでしょうか。さわやかな風を感じる一首です。
ずいぶんトーンは変わりますが、実は「呼子鳥」には、次のような投稿もありました。
シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ
ホウカシテヤル オマエハシネ
一首目は、Pメールのカタカナ二十文字を目一杯使って「死ね」という気持ちを表現しています。二首目は、修辞をかなぐり捨てた、単刀直入の脅迫文となっています…。作者は詠み人知らず(発信番号非通知)です。それにしても、カタカナで脅されるというのは、けっこう怖いものですよ!
こんな言論弾圧に屈したのか、そろそろ就職活動が気になる時期になったのか、「呼子鳥」の第十号をもって、北大歌人会は活動を休止することになったのです。
(初出:2008年「アークレポート」)
