【書評】山田航歌集『寂しさでしか殺せない最強のうさぎ』

山田航は『ことばおてだまジャグリング』(文藝春秋)という「ことばあそび」の本を出版するなど、言葉に強い関心を持った歌人として知られている。そんな山田の三冊目の歌集が出た。

ただしいとただいとしいの差分から伸びてもつれてもどせない糸

例えばこんな歌。「ただしい」と「ただいとしい」は似た響きをもった言葉で、両者の違いは「いと」という二文字があるかないかである。そこから「伸びてもつれてもどせない」を導き出しているわけで、かなり高度な言葉遊びが駆使されている。誰かのことを「ただいとしい」と思う気持ちは多くの人が経験したことがあるだろう。ただ、その相手に、すでに恋人や配偶者がいた場合、その気持ちは必ずしも「ただしい」とは言えないという葛藤が生まれる。そんな状態をもつれた「糸」で比喩的に表現しており、言葉で遊びつつも、単なる遊びで終わらせず、普遍的な感情に訴える作品になっている。

虐待のギャクはヨだっけEだっけ二文字目なんで「待つ」なんだっけ

この歌は、「虐待」という漢字に着目している。たしかに「虐」の字を書こうとすると、「E」か「ヨ」か迷うことがある。相手に気軽に問いかけるような文体が用いられているが、詠まれているのは現代の深刻なテーマだ。漢字の中に「E」というアルファベットがある違和感が虐待の理不尽さを感じさせるし、なぜ「待つ」なのかという問いからは、逃れられない被害者の苦しみが立ち上がってくるようだ。

「知り合いが自殺したことある?」「あるよ。父。知り合いじゃないかもだけど」

先ほどの歌もそうだが、口語の会話体を多用しているところもこの歌集の特徴だ。現代の短歌は、文語から口語へのシフトという大きなトレンドの中にあるが、この歌は「あるよ。父。知り合いじゃないかもだけど」の語順が非常にリアルだ。会話を短歌で表現しようとすると、どうしても書き言葉として整理してしまいがちだが、リアルな会話の語順を自然な形で生かしつつ、五七五七七の定型にぴたりと収める手腕は見事である。この歌も、話し言葉の中に、自殺というずしりと思いテーマが詠み込まれている。

ひかりってめにおもいの、と不機嫌だごめん寝てるのに電気つけちゃって

君は何を思ってるのかキーボード叩く音にも慣れて眠って

恋愛の歌も紹介したい。ひかりが目に重いという言葉にはポエジーがあり、それが平仮名で表記されることで、寝ぼけた恋人の様子がかわいらしく伝わってくる。キーボードを叩く音に慣れて眠る恋人が描かれることで、部屋の間取りが見えてくるようだ。万葉集以来のテーマでもある恋が、二人で暮らす部屋を舞台として、現代の言葉でうたわれている。これもこの歌集の魅力の一つだろう。

(初出:北海道新聞2022.11.5夕刊)

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