僕の通っていた北海道大学には短歌会というものがなかった。大学の外では、松川洋子の短歌教室に通っていたが、大学には短歌の仲間はいなかった。しかしキャンパスに文学仲間がまったくいなかったかというとそうでもない。
クラスに堀越龍太郎(ホリー)という台東区生まれの男がいた。「ちげーだろ」が口癖の、江戸っ子を地でいくような男だったが、僕が彼と初めて話をしたのはゲーテの『若きウェルテルの悩み』についてである。ホリーは高校時代の自らの恋を重ねてウェルテルについて語ってくれた。そんな純情なところのある彼は、なんと漢詩をたしなむ詩人でもあった。
ホリーとは『月刊ポエマー』という壁新聞を何枚か出した。アパートで飲みながら、酔った勢いで書きなぐったものである。コピーしたものを大学の掲示板に貼って、隣りに牛乳パックで作った投稿用のポストもぶら下げておいた。(投稿総数はもちろん0通である。)
「月刊ポエマー」では、ときおり折句で短歌を作った。ホリーが僕らの所属する「法学部」を折句にして詠んだ歌を紹介しよう。
ほ ほのかにも
う うれふこころの
が がくせいも
く くさつてあゆむ
ぶ ぶなんなみちを
ほのかに世を嘆く学生も、結局は無難な道を選んでゆくのだという、体制批判の歌である。真面目な学生たちへの揶揄の裏には、どこか自己批判の気持ちも滲んでいる。
この歌を載せた「月刊ポエマー」は、しばらくしてから何者かによって掲示板から剥がされてしまった。牛乳パックのポストもなくなっていた。僕らの間では、「当局」によって撤去されたのだろうということになっている。
卒業後、ホリーは故郷の台東区に帰って就職したが、今でも年に一度の年賀状では漢詩を披露してくれる。僕にはどうしても漢詩がつくれないので、仕方なく今でも短歌を作っている。当時の僕の歌を一首。
たましいに引き潮おとずれ星月夜 涙の水位たもたれている
※ホリーの掲載許可を得ています。
(初出:「歌壇」2007.2)