移動する「祝祭」 〜小俵鱚太歌集『レテ/移動祝祭日』

小俵鱚太の第一歌集『レテ/移動祝祭日』(書肆侃侃房)は、季節感のある歌が印象的だ。

プチじゃないマルエツへ行く秋晴れを金木犀の旅と名付けて

練り物の中のうずらにたどり着く前歯を冬のフォワードにして

一首目では、普段よく行っている「マルエツプチ」ではなく、少し離れたところにある「マルエツ」まで足を伸ばしたのだろう。ちょっとした遠出を「金木犀の旅」と例えたことで、一首に甘い香りが立ち込めている。二首目は、おでんのうずら天を食べている場面だ。前歯を「冬のフォワード」と言ったところが面白い。サッカーのフォワードの選手が追いかける白いボールのイメージが、練り物の中のうずらと重なる。どちらの歌も効果的な比喩によって、それぞれの季節の空気がしっかりと一首の中に閉じ込められている。

空港は旅に浮かれる人のため天井が高く造られている

家系の海苔でライスを巻けば雨みえないくらい細く降る町

この二首は、季節が明示されているわけではないが、ある季節が色濃く感じられる歌だ。一首目は、旅に浮かれる人が、天井の高い空港にふわふわと浮かび上がっていくイメージが湧いてきて楽しい。高い天井の更に上には、秋の季語で「空高し」と言われる秋空が広がっているに違いない。二首目には、家系ラーメンの太い麺と対比する形で、細い雨が描かれている。細く降る雨と言ったら、秋の季語でもある「霧雨」だろう。この二首は「空高し」「霧雨」という季語を連想させることで、秋の空気を感じさせる歌になっている。

海の日は移動祝祭日だから今年のハルは海の日生まれ

「移動祝祭日しゅくさいじつ」は、年によって日付が変わる祝日・祭日のことで、娘の「ハル」の誕生日が今年は海の日に当たることが詠まれている。この「移動祝祭日」という言葉がなんとも気持ちいい。季節が少しずつ移り変わっていくように、人間にとっての「祝祭」も決して固定されたものではなく、捉え方によって大きく変わりうるものなのだ。

(初出:「神奈川新聞」2024.9.19「かながわの歌壇時評」)

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