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失われたものへの郷愁 〜佐々木朔『往信』

2025.4.17の「神奈川新聞」「かながわの歌壇時評」に寄稿した文章です。


佐々木朔の第一歌集『往信』(書肆侃々房)が出た。著者は一九九二年生まれで、横浜市出身。早稲田短歌会を経て、現在は同人誌「羽根と根」の同人。近年、学生短歌会出身者の歌集の刊行が続いており、著者も大学時代から注目されている歌人の一人だ。

小説の終わりに咲いている花の香りをいつまでもかいでいた

本を題材にした作品が多い歌集である。「小説の終わりに咲いている花の香り」は、読後感の比喩として用いられている。読書とは一見距離のある「嗅覚」に結びつけたところがユニークで、一冊を読み終えたときの感動が、印象的な形で読者に伝わってくる。

わたしは本ヤークニーガと言いまちがえてはるかなる国の図書館にしまわれる

朗読をかさねやがては天国の話し言葉に到るのだろう

一首目は、ロシア語の言い間違いによって自分が本になり、遠くの国の図書館へ収蔵されてしまうという歌だ。二首目は、朗読を繰り返すことで、天国の言葉に近づいていくと詠まれている。どちらも「本」や「朗読」がきっかけとなって、遥かな場所に繋がっていくという点で共通している。読むという行為が秘めている浪漫性を、浮き彫りにしているような歌と言える。

むかしサティの、今はイオンの中にあるゲームコーナーの二十五周年

にしんそばと思った幟はうどん・そば 失われたにしんそばを求めて

一首目の「イオン」は郊外型の商業施設の象徴であり、「都市と郊外」という社会批評の切り口で短歌に詠まれることが多い。ただ、ここにイオンに吸収された「サティ」が加わると味わいが変わってきて、少年時代を懐かしむ思いがぐっと前面に出てくる。二首目は、「にしんそば」と思った幟が近づいてみたら「うどん・そば」だったという歌だ。他愛ない出来事とはいえ、いったん心に浮かんだ「にしんそば」のイメージを手放しがたく思っているのではないか。二首に通い合っているのは、失われたものへの郷愁である。これは他の多くの歌にも表れており、一冊の特徴と言ってもいいだろう。

(初出:2025.4.17「神奈川新聞」「かながわの歌壇時評」)

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